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2020-02-17

四柱推命を学び始めたきっかけ〜四柱推命は自己理解を深め、自分を幸せに導くことのできるツール〜

こんにちは。
メゾンフェナジェの原田かおりです。

今日は私が四柱推命を学び始めたきっかけについて書こうと思います。

私がフランスに移住する前から、母はパーキンソン病を患っており、
長いあいだ、父が一人で介護をしていました。
その父も年を取り、腰を痛めたりしていたので、日本に帰ることにしました。

母が病気になる前に建てた家は、
歩行器を使用し始めた母にはトイレやお風呂が狭く、
不便な生活を強いられていました。

また、病気のために思うように外出できない母。
せめて家の中では快適に過ごしてほしい、ということで
住みやすい快適な家を母のためにもう一度建てよう、
ということになりました。

そして、二世帯住宅にして、私たちも一緒に生活しようということになり、
2016年の12月にフランスから日本に移住しました。

ところが、新しい家に住み始めて10日後くらいに、
母がベッドから落ちて大腿骨を骨折をしました。

これが悪夢のはじまりでした。

母の身体が不自由ということもあり、
安全のための柵は片方にしかついていなかったため、
私たちは後からこの事をものすごく後悔することになりました。

骨折の手術は成功しましたが、
以前にも増して介護が大変になっていました。

いろいろな病院側の規制があり、
ある一定期間以上の入院はできませんでしたので、
私たちの心の準備ができないまま、退院となりました。

もちろん、ヘルパーさんのお世話にもなっていましたが、
週に数回、数時間以外は家族で介護をしなければいけません。

当時、私には3歳の長女と2歳の長男の育児に加え、
カフェのオープン準備、引越しの片付け、夫のヴィザの手続き、
そして3人目の子供の妊娠が発覚したりと、
とても忙しい日々を送っていました。

母の介護までする余裕がなかったのです。

そのため、リハビリを兼ねて、
かかりつけの病院に入院してほしいと
私から母に頼みました。

母は「いいよ」と言いました。
せっかく退院して、新築の家に帰ってきてくれたのに、
また病院に戻ってと言い出したのは娘である私なのです。

まさか、その入院先で3ヶ月後に肺炎で亡くなるとは
夢にも思っていませんでした。

あの時、もう少し、皆で力を合わせて母のことを大切にしていたら、
たとえ身体は不自由でも、
もっと美味しいものをたくさん食べさせてあげられたのに。
孫たちの成長を見せてあげられたのに。
母の死から2ヶ月後に生まれた次男を見せてあげられたのに。

時間をもとに戻せるなら・・・、と
この時ほど強く願ったことはありません。

どうして母は63歳で亡くなってしまったのだろう?
家を建てたから?
私たちが一緒に住むことになったから?

考えても考えても後悔が強くなるばかりで、
次第に自分を責めるようにもなっていきました。

そんな時に、四柱推命に出会ったのです。
占いの一種だという以外には何も知らなかったのですが、
当時受けていたビジネス講座の先生から、

「人は生まれてくる日に流れている宇宙エネルギーを
転写されてこの世に誕生する。

今世のお役目はこれ!という明確な魂の目的を持って生まれてくる。」

という話を聞いたときに、直感で、生年月日から運命を読み解く統計学である
四柱推命を勉強したいと思いました。

母の命式を見れば、母が若くして魂だけになってしまった理由が
わかるかもしれないと思ったのです。

私は四柱推命を当たる当たらないの「占い」ではなく、
自己理解を深め、自分を幸せに導くことのできるツールだと思っています。

学んでも学んでも終わりが見えてこないので、
とても楽しい学問であることは間違いないです!

現在もコツコツといろんな方の命式を見ておりますが、
年末年始に体調を崩したり、夫とYouTubeを始めたりしたので、
あれ?四柱推命はどうなった?と友人たちからツッコミが入ったため
今日は私が四柱推命を勉強しようと思ったきっかけについて書いてみました。
というわけで、ちゃんと続けております。笑

私は好奇心が旺盛のため、いろんなことに足を突っ込み、
広く浅く、時には深く学ぶ癖があります。

まだこちらのブログではまったく触れていないことも
同時に勉強中です。

一日が24時間では足りない!と思うけど、
これだけは皆に平等に与えられた時間なので、
私自身が効率よく行動なりを変えていくしかありません。

ということで、今日はこの辺で。。。
それではまた^^

 

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