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2019-08-09

フランス人の夫がレイキセラピストになった理由

こんにちは。
メゾンフェナジェの原田かおりです。

今日は2018年に書いたアメブロの記事を加筆修正したものをお届けします。

フランス人の夫が、
なぜレイキセラピストになったのか?

よくお客様に聞かれるので、こちらでもしっかりと書いておきたいと思います。
長文になりますが最後まで読んでいただければ幸いです。

私の夫は元セミプロのサッカー選手(RCストラスブール所属)で、
現在もスポーツ全般をこよなく愛する根っからのスポーツマン。

そんな彼が、なぜレイキセラピストになったのか?

もともと医学や自然療法に興味があり、当時住んでいた南仏の町に
レイキを教えてくれる先生(フランス人)がいたので習いに行ったそう。
講座をひと通り受ければ、ほとんどの人がディプロムを
取得することができるそうなのですが、
先生は夫だけにレイキの素質があると仰ったのだそうです。

褒めていただいたにもかかわらず、夫は先生の言葉をあまり信じていなかったそう。
でも夫のおじさんが足を痛めて歩くのが困難だった時に、
約10分間、
手のひらを痛い箇所に当ててエネルギーを送ったところ
すぐに普通に歩けるようになってものすごく感謝されたのだそうです。

この出来事で、自分には本当にレイキの才能がある!と確信したのだそうですが、
当時はまだサッカーの方が忙しかったので、
レイキを使った仕事をしようとは思わなかったようです。

そんな彼が、なぜ日本でレイキセラピストになろうと思ったのか?
それは昨年、私の母が都城市内の病院に入院していたときのことです。

私の母は14年前からパーキンソン病を患っていました。
家の中では歩行器を使用していましたが、
昨年の5月に骨折をしてしまいました。

手術は無事に成功し、1ヶ月間リハビリも頑張りましたが、
もう歩行器を使用しても歩くことができなくなってしまいました。

そこで、パーキンソン病の主治医がいる都城市の藤元病院へ
リハビリ目的で再度入院することになりました。

たくさんの入院患者がいる大きな病院なので、
当然といえば当然なのかもしれませんが、
悲しいことに、多くの患者はほったらかし状態です。

面会に行ったときに、粉薬をちゃんと飲むことができず、
口から大量にこぼれたままの状態で放置されている母を見てショックを受けました。

母はもう自分では薬を飲むことができなかったので、
看護師さんに飲ませてもらったはずなのに・・・

入院して一ヶ月過ぎた頃、
思ってもいない出来事が起きました。

口腔ケアがきちんとできていなかったため、
「肺炎」になってしまったのです。

かなり重症だったため、人口呼吸器をつけて治療をするために
ICU(集中治療室)へ入ることになりました。

ほとんどの方がよくなって一般病棟へ移っていく中、
母だけが悪化していきました。

体の酸素濃度が著しく下がっていったときに
一度目の余命宣告を受けました。

「酸素濃度が上がればまだ良くなる可能性がある」と
呼吸技師のYさんに言われたので、私は夫にレイキを試してほしいとお願いしました。

精神を集中して、夫が母の体に手のひらをかざしたら、
なんと信じられないことに、酸素濃度が一気に上昇していったのです。

奇跡が起きたと思いました。

機械が常に体内の酸素濃度値を計測しているので、きちんとデータとして残りますが、
彼が手をかざすと計測不可能になる時もよくありました。

酸素濃度が上昇し安定したおかげで、
呼吸技師のYさんは人口呼吸器の設定を変えることができるようになり、
母がよくなっていく可能性も出てきました。

しかし、喜んでいたのも束の間、今度は尿が出なくなりました。
明日も尿の出が悪ければ、今週末が山場。と、2度目の余命宣告を受けました。

今度は尿を出すためだけに集中して
母の体に夫のエネルギーを送ってもらいました。

集中治療室は面会時間が細かく制限されているのですが、
泊まり込みで可能な限りの力を送ってくれた夫。

30代半ばで呼吸技師になったYさんが、
親身になって私たちを励まし続けてくださいました。

2度目の奇跡がおきました。
なんと、翌朝、尿がたくさん出たのです。

これで母は助かった!と誰もが思いました。
しかし、母の体は次々と問題が起こり続けてしまい、
8月9日に多臓器不全で亡くなりました。63歳でした。

亡くなった夜、夫は今夜が山場だ、と感じたそうです。
病院から「危ないから来てください」という電話が来る前に、
ひとりで病院へ行っていました。

誰よりも早く母のところへ行っていた夫。
何とか母を助けようとしている彼を見て私は涙が止まりませんでした。

母を助けることができなかった。と夫は自分を責めました。
誰よりも最善の力を尽くしてくれたのは夫なのに・・・
夫がいなければ、母と過ごせる時間はもっと短かったと思います。

最近、私はこう思うようになりました。
母が夫に、眠っていたレイキの力を与えてくれたのではないか?と。
母が肺炎にならなければ、夫はレイキを試すことはなかったのですから。

夫は少しでも誰かの役に立てれば、という思いで
レイキサロンをすることにしました。

いつかは病院で働きたいという夢も持っています。
実際にレイキセラピストが病院で働いている事例もあります!

夫はお医者様ではありませんが、お医者様ができなかったことをして
母を何度も助けてくれました。

夫のエネルギーが必要な方のところにちゃんと届くように。
夫のエネルギーの凄さを一人でも多くの方に体験していただくこと。
それが、妻である私の使命だと思っています。

(↓写真はフランスでレイキのディプロムを取得した頃の夫)

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