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2018-11-30

フランスのアルザス地方がクリスマスツリー発祥の地と言われる理由

ドイツとの国境に位置するアルザス(Alsace)地方は、
クリスマスツリー発祥の地と言われています。
セレスタ(Sélesta)は昔、「モミの国」と言われるほど、
モミの木が豊富にあったのだとか。

20世紀初め、セレスタの人文主義図書館
(Bibliothèque humaniste de Sélestat)で保存されている
1521年12月21日の帳簿の中に、「meyen」という記載が見つかりました。

「meyen」とはアルマン語(ドイツ語の方言)で
装飾を施す木(クリスマスツリー)という意味で、
これがクリスマスツリーという言葉の最も古い記録とされています。

13世紀からクリスマスが近づくと、
針葉樹の枝や木を切ることが許可されていたそうですが、
しだいに無秩序に木を切る人が増えてしまいました。
そこで、森の監視代として見張り人に報酬を支払ったということが、
帳簿に記載されているのだそうです。

針葉樹が使われるのは、冬の間も緑を保つため、
また、希望や強い生命力の象徴とされていたためですが、
以前はモミを家に飾ることはキリスト教の風習ではなかったのだそうです。

また、当初はモミの木を天井に吊るしていましたが、
しだいに床に置くようになり、モミの木はりんご(アダムとイヴの原罪にちなんで)、
ホスチヤ(ミサの時に使われる聖体のパン)で飾られるようになりました。

サン・ジョルジュ教会(Église Saint-Georges de Sélestat)

リボーヴィレ(Ribeauvillé)では、赤いりんごとリボンだけという
シンプルなクリスマスツリーをたくさん見かけました。

次に、ノワゼット(ハシバミの実)やクルミなどをキラキラした紙に包んだものが、
それからパン ・ デピスやクリスマスのお菓子が飾られるようになりました。
ろうそくが飾られるようになったのは1785年からだそうです。

クリスマスツリーには、赤いりんご(Christkindel apfel)は
欠かせない大事な装飾でしたが、1858年の秋はとても寒く、
りんごを収穫することができませんでした。
しかし、マイゼンタール(Meisenthal)のガラス吹き職人が、
りんごの代わりにガラスのボールを加工することを思いついたのです。
これが今日のオーナメント、クリスマスデコレーションの始まりと言われています。

マイゼンタールはガラス産業で有名な町で、
エミール・ガレゆかりの土地でもあります。
ちなみに、マイゼンタールのガラスのオーナメントは、
プティット ・ フランスにあるマルシェ・ド・ノエルで購入できます。

セレスタにある1521年の記載がクリスマスツリーに関する最も古い記録とはいえ、
実はそれ以前からモミの木を飾る習慣があったと言われています。
というのも、クリスマスツリーという記載はないものの、
家に緑(木)を飾るのを禁止するという1184年の記録が
マンスター(Munster)に残っているからです。

他にもいろいろな伝説や記録があるそうですが、
クリスマスツリー発祥の地はアルザスというのは間違いなさそうですね。

サン・ジョルジュ教会には身廊の柱と柱の間に、
8本のクリスマスツリーが吊り下げられています。
1本目のもみの木は、赤いリンゴのみのシンプルな飾り付けで、
16世紀のデコレーションを再現したもの。
2本目のもみの木にはホスチヤの飾りが加わっています。
順を追うごとに、もみの木の飾り方の違いや、年代ごとの歴史を見ることができ、
教会内を一周すると8本目の現在のクリスマスツリーに
たどり着けるようになっています。

教会内は暗いので、よく見ないと違いには気づかないかもしれませんが、
クリスマスツリーの下にはそれぞれ説明(仏、英、独)もありますので、
興味のある方はお見逃しなく。
暗い教会内にひっそりと浮かび上がるように吊り下げられた
8本のクリスマスツリーは、
何とも形容しがたい美しさでしたよ。

ちなみに、私の長男(3歳)は、セレスタ出身です^^
いつの日か、家族全員でクリスマスマーケットを訪れてみたいものです。

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